世界の四大美女は有名ですが、その中の一人に名を列ねる楊貴妃の他にも、中国には3名の美女(Mei3Nu3)、つまり中国にも四大美女がいる事はご存知ですか?
時代順で並べると、西施(Xi1Shi1)<春秋戦国>、王昭君(Wang2Zhao1Jun1)<西漢>、貂蝉(Diao1Chan2)<東漢、三国>、楊貴妃(Yang2Gui4Fei1)<唐>とになります。この4大美女の美しさについて、それぞれ2文字で表現しています。
・閉月(Bi4Yue4)(貂蝉)
伝説によると、貂蝉はある明月の夜、庭に出た時、明月が雲に隠れてしまった。たまたまだと思うが、古人は「貂蝉はあまりにも美しかったので、明月は貂蝉の美貌の前に、輝きを失い、雲に隠れしまった」といいます。三国志の中で、貂蝉はもともと東漢の重臣董卓の妻でした。義理の息子呂布は一目惚れした貂蝉のために、義父である董卓を殺してしまったのです。実は貂蝉の主が董卓殺害の為に彼女を使い呂布を巧に利用した暗殺計画でした。
・羞花(Xiu1Hua1)(楊貴妃)
楊貴妃は日本では一番有名な古代中国美女だと思います。恐らく唐になってから、日中の交流は盛んになったからでしょう。
楊貴妃の好物で美容に良いとされる果実のライチを、唐の皇帝は彼女を喜ばせるために、遠い南方(広東省?雲南省?)から、馬を使って運ばせたそうです。伝説では、楊貴妃は庭で散歩しているとき、彼女の美貌の前に、咲いている花はしおれてしまったそうです。(蓮の花は彼女とは関係なくすぐしおれてしまうが、、、)でも、楊貴妃は本当に美しいことは間違いがなさそうです。
・沈魚(Chen2Yu2)(西施)
西施は遠い昔(紀元前)の春秋戦国(紀元前)、呉という国の美女です。呉は現在でいうと、杭州、蘇州のあたりです。昔、洗濯するとき、湖の近くで洗う習慣がありました。西施は洋服を洗っていた時、泳いでいた魚は西施の美貌に驚いて、沈んだそうです。(驚いて、逃げたという説もありますが、、、)但し、中国では、四大美女の中で一番有名です。「美如西施」(Mei3Ru2Xi1Shi1)という言葉があるほど、女性の美しさを褒める時、よく西施を引用します。
・落燕(Luo4Yan4)(王昭君)
王昭君の名前は日本語の観点から見ると、男性っぽいですが、中国では、女性の名前の中に、よく“君”(Jun1)という字を使います。「史記」によると、漢の皇帝はモンゴルとの親和を図るために、そのモンゴル王の妻として、王昭君を送った。中国では、漢民族は周辺の少数民族との親和を図る美談として、受け継がれてきました。伝説によると、王昭君はモンゴルに向かう途中で、空に飛んでいたツバメが王昭君の美しさにびっくりして、空から落ちたそうです。(誰か矢を放ったでしょう、、、)でも、王昭君は本当に美しいことは間違いがなさそうです。
<完>
コメント
「西施の顰に倣う」という言葉が有名ですが、これは病気がちだった西施が顔をひそみがちにしていたことからきているのでしょうか?それを皆が真似たのでしょうか。
投稿者: matuda | 2006年05月24日 19:15